2009年05月30日

旅人の守護神

「あら、偶然ね。こんなところで何をしているの?」
「ちょっと、な。天気が良かったから日なたぼっこでもしようかなと思ってな」
「こんなに多くの雲を呼んでおいて、日なたぼっこ?」
ゼウスは空を見上げた。確かに雲を呼んだのだが、それはちょっとした訳があるわけで。
「そんなことはどうでもいい。おまえこそこんなところで何をしてるんじゃ」
「私?私も日なたぼっこかしら。最近全然構ってくれないんですもの。出歩いたりして悪いかしら」
「いや、悪いとは言わんが…」
「一つ聞きたいことがあるんですけど」
「なんじゃ?」
「そこの動物は一体なんなのです?」
ヘラはゼウスの影にかくれように佇む一頭の牝牛を指した。
「いや、これは…つまりだな、あ、そうそう、人間界に新しい動物でも創ってやろうと思ってな、とりあえずこんなものを創ってみたんじゃが…」
「ああ、そうなの?それじゃあ私にそれをくださいな」
「な、なんじゃと!ならん!断じてならん!」
「どうして?なんかやましいことでもあって?」
「いや、そういうわけではないんじゃが…」
「ならいいってことね。それじゃ、もらうわよ」
「おい、ちょっと待て」
ヘラは夫であるゼウスを睨みながら、牝牛を転移させ、自分も姿を消した。
一人取り残されるゼウス。
「もしかして、バレちゃってるのかなぁ。せっかく雲まで呼んで気付かれないようにしたのに…」

「なんだお前は!」
暗闇で突然、杖を突きつけられた慎一は、お前こそなんだ、と心の中で叫びながら、
「すみません、許して下さい、僕は学校から帰ってすぐ寝ちゃったからこんな時間にコンビニに行くことになって、お金なんて大して持ってないんですぅ」
と喚いていた。
「なんだ、一般人か。こんな時間にひとりでにうろつくものではない。盗賊に襲われても知らんぞ」
「盗賊?そんなのが、この現代にいるわけな…」
と言いながら辺りを見回すと、そこは慎一の知った風景ではなく、街灯のない草深い獣道だった。
「すみません、ここって東京ですよね」
「何を訳のわからんことを。ここはギリシアに決まってるだろ」
「あの、訳なかんないんスけど…」
「知るか!うっとうしい!俺は忙しいんだ、早くどこへでも行け!」
「す、すみません、あの、家にどうやって帰ればいいのかわからないんです。お願いです、僕を連れて行ってくださいまし〜」
「…本当に帰り道がわからないのか?」
「はい」
「…仕方ない、これも旅人の守護神たる役目かもしれないな。とりあえず明るくなる頃までに街に連れて行ってやる。ただし条件がある」
「条件?」
「今から俺は怪物を倒さなければならない。邪魔をせず、足を引っ張るようなことはしないように」
と言って、頭に翼があり柄に2匹の蛇が巻き付いている意匠の杖を地面に突き立てた。
「あ、はい。僕の名前は慎一と言います。あなたの名は?」
「俺はゼウス様の侍従、オリュンポス十二神の一人、ヘルメス」

「あれがかの怪物というやつですね」
「そうだ」
怪物は百の目を持っており、アルゴスというらしい。
なんでも一度に全部の目が眠らないため、二十四時間体制で見張ることができるらしい。
慎一とヘルメスは茂みの中から様子を窺っていた。
「でも、なんで牛なんか見張ってるのかな」
アルゴスが見張っているのはたった一頭の牛だった。
危害が加わらないと知っているのか、すやすやと眠っている。
「ちょっといろいろあってな。はぁ、しかしゼウス様もゼウス様だ。もうちょっと考えて行動してくれたら、あんな怪物と戦わなくてもよかったのに」
「…何の話?」
「…いや、お前は知らなくていいことだ」
ヘルメスは一本の笛を取り出した。
「お前はとりあえずここで待ってろ。とりあえず行ってくる」
ヘルメスは笛を吹きながら茂みの中からでて、アルゴスの方に近づいていった。
「誰だ」
ヘルメスはなおも笛を吹き続ける。
アルゴスは立ち上がり槍を手に取った。
百の目がヘルメスを睨みつける。
と、槍をまっすぐヘルメスの方に突き出した。
ヘルメスは笛紙一重でそれをかわした。
すると、アルゴスは呻き声をあげながら目を一つ、また一つと閉ざしていった。
どうやら眠りの曲を吹いているらしいが。
最後の目が閉じようとした時、アルゴスの突きをかわしきれず、ヘルメスは右わき腹に深手を負った。
「ぐっ…」
ヘルメスは持っていた笛を落とし、膝を地面についた。
アルゴスは槍を捨て、剣を抜き、ヘルメスめがけて振り下ろした。
「ヘルメス、大丈夫か!」
思わず慎一は茂みの中から飛び出しアルゴスに体当たり食らわせた。
「ヘルメス、しっかりしろ!」
慎一はぐったりとしているヘルメスに近寄り抱き起こした。
「しっかりしろ」
「……大丈夫だ」
「大丈夫なものか。血が出ている。早く止血しないと。でも、僕、止血の仕方なんて知らないし。保健体育の授業、もっと真面目に受けとけば良かった」
「……止血の仕方は知ってるよ。……それよりも、後ろ」
ヘルメスの言葉が終わるのが早いか、自分の後ろにアルゴスの気配を感じた。
慎一は恐る恐る後ろを振り向いた。そこには仁王立ちになっているアルゴスがいた。
殺される。
慎一がそう思ったその刹那。
どうっと、アルゴスは後ろに倒れていった。
「どうやら眠りの調べが先に届いたようだ。助かったよ、慎一」
ヘルメスは起き上がり、自分の傷口を大きな布切れで縛りあげた。
「この後はどうするの?」慎一は言った。
「俺はアルゴスを倒すことしか命じられていない」
言いながら、ヘルメスはアルゴスの首を切り落とした。
鮮血が噴き出し地面を深紅に染めた。
「ヘラ様にバレるのが一番マズい。日の出までに街まで送るよ。だから、この牝牛を頼む」
「は?」
不意にヘルメスの靴が光り出し、翼が生えて羽ばたく。そして僕は光に包まれた。

「なんでこんなところで目が覚めちゃうんだろうね」
ここはどこだろう。
とりあえず小屋の中で、干し草が一面に敷いてあった。
その上で一頭の牛がすやすやと眠っている。
なんで目が覚めても家に帰れないんだろう。
なんでこの牛が一緒にいるんだろう。
潮の香りが漂い、波の音が伝わってくる。
海の近くなのか。
窓からは朝日がさんさんと輝いていた。
もしかしてもう二度と自分の家には帰れないのかなと思いながら、まさかそれはないだろうとも思う。
だが、その思いに根拠はない。
小屋の梁をネズミが走り、柱に蜘蛛が巣を作っていた。
その中で、一匹の虻がブーンと羽音をたてながら飛んでいく。
と、虻は牛の背中に止まった。
突然、その牝牛は目を覚まし暴れ出した。
虻は牛からいったん離れる。
牛の背中には大きな血膨れができていた。
「ただの虻じゃないな」
慎一は隅に置いてあったホウキを手にとり一閃。
しかし虻は難なくそれをかわした。
「ホウキで虻なんかやっけれるわけないか…」
自分の間抜けさに涙。
虻は再び牛にとりつく。
牛は再び暴れ出した。
「お、おい暴れるな!」
「ンモーッ」
「お、おかんの雄叫び…」そんなことはどうでもいい。
牛は建て付けの悪い扉をぶち破り外へ出た。
いったん離れた虻が牛を追いかける。
外は青空。
砂浜が延々と続いている。
その先に街のようなものがあった。
あそこまで自分で行けってことか。
ヘルメスのヤロー…。
と、見ると牛が波に飲まれていた。
なんで?
そして僕にも迫り来る高波。
なんで?
そして僕は意識を失った。
…本日何回目?

「おーい、慎一、大丈夫かぁ」
気がつくとヘルメスが立っていた。
その傍らには、ひとりの少女が立っている。
あれ?
この人は誰?
黒髪で黒い瞳。
肌は透き通るほど白く、背が高い。
その服装は…もうちょっと遠慮した方がいいんじゃない、というくらい刺激的で。
いや、目の保養になっていいんですけど。
「この人はイオ。君が守ってくれた牝牛の本当の姿」
「守ったなんて、そんな。僕は大したことなんてしてないよ」
「そんなことないわよ。ありがと」
と、慎一の頬にキスをした。
いい香りが僕を包む。
「ヘルメス様、ありがとうございます」
「いや、礼なんていいよ。俺もゼウス様の言う通りにしただけだから」
「ヘルメス様は強くていらっしゃいますね。さぞ天上の女神たちも騒いでおられるでしょう」
イオはヘルメスの手をさりげなく握った。
「お、俺は…」
「うふふ。ゼウス様が可愛がられているわけが分かるような気がしますわ」
「……」
ヘルメスは真っ赤である。
「俺はもう行く。慎一はどうするんだ?」
「僕は……学校へ」
「そうか。彼女でもできたか」
「いや、まだかな」
時間は7時45分。
遅刻にはならないけど、決して余裕があるわけでもない。
父、聡は普通のサラリーマンをやっていて。
サラリーマンは楽じゃないよとぼやいてるのを聞いたことがある。
まあ、どうでもいいか。
とりあえず学校へ。
今日も1日が始まるようで。
posted by しろくま at 20:15| 大阪 曇り| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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